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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1878号 判決

昭和四六年(ネ)第一、八三三号事件控訴人・

昭和四六年(ネ)第一、八七八号事件被控訴人

(以下単に第一審被告という)

藤田房史

右訴訟代理人

小川英長

昭和四六年(ネ)第一、八三三号事件被控訴人・

昭和四六年(ネ)第一、八七八号事件控訴人

(以下単に第一審原告という)

榎田きみよ

右訴訟代理人

宮崎佐一郎

主文

一、第一審被告の控訴を棄却する。

二、第一審原告の控訴に基づき、原判決主文第三、四項を次のとおり変更する。

(一)  第一審被告は第一審原告に対し、金三、六九三、四三五円およびこれに対する昭和四九年二月二八日以降支払ずみに至るまで年五分の金員の支払をせよ。

(二)  第一審原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じて五分し、その四を第一審被告の負担とし、その余を第一審原告の負担とする。

四、本判決の第一審原告勝訴部分につき第一審原告は仮に執行することができる。ただし、第一審被告が金三〇〇万円の担保を供したときは、仮執行を免れることができる。

事実

昭和四六年(ネ)第一八三三号事件につき

第一審被告代理人は、「原判決中第一審被告勝訴部分を除きその余を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、

第一審原告代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

昭和四六年(ネ)第一八七八号事件につき

第一審原告代理人は、「原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。第一審被告は第一審原告に対し、金二、七三〇、四六五円およびこれに対する昭和四五年一一月一日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決および右金員支払の部分につき仮執行宣言を求め、(第一審原告代理人は、従来求めていた賃借権確認および建物の引渡の請求部分の訴を取り下げ、金員の支払を求める請求を原判決で勝訴した部分(原判決主文三項)のほかさらに、右本文のとおり訂正するものであると述べ、)、

第一審被告代理人は、控訴棄却の判決および仮執行宣言が付された場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

第一審原告代理人は、金員の支払を求める請求の請求原因として、

一、第一審原告が第一審被告から賃借している原判決主文記載の建物(以下本件建物という。)につき、昭和四三年二月二九日従前の賃貸借契約を更新し、期間を二年、賃料を月額一五、〇〇〇円と定め、第一審原告は本件建物を引続き賃借使用していたのであるが、第一審被告は昭和四三年五月頃右建物の内部を改造するため、その工事期間は約二か月であるといつて、同年六月一日第一審原告を一時右建物から立ち退かせた。

二、(一)(1) ところが、第一審被告は右工事終了後、右建物を小池宜世に賃貸し、昭和四五年一一月一日その引渡しを了した。従つて、第一審被告は同日をもつて本件賃貸借契約における賃貸人としての債務を履行することが不能になつたものである。

(2) 右履行不能は第一審被告が第一審原告の本件建物に対して賃借権を有することを知りながら、右建物を小池宜世に賃貸したことに基づくものであるから、第一審被告の責に帰すべき事由によるものであることは明らかである。

(二) 第一審被告は、右のとおり、内部改造のためであるからとの理由で一時的に立退くよう第一審原告に求めたのであるが、実際にはその説明とは違つて本件建物を喫茶店向きに改造して、小池宜世に賃貸したのであり、このことは、第一審被告は第一審原告に対し、第一審原告が使い易いように内部改造するかのように誤信させ、そのように第一審原告をだまして本件建物から立退かせたものであるから、第一審被告は第一審原告に対し、右立退きの日である昭和四三年六月一日から右履行不能の前日である昭和四五年一〇日三一日まで債務不履行の責を負わなければならない。

三、従つて、第一審被告は第一審原告に対し、右(一)の履行不能による填補賠償、右(二)の債務不履行による損害賠償の義務を負つている。

四、右賠償額は次のとおりである。

(一)  履行不能に基づく填補賠償

填補賠償の額は、履行不能になつた時の本件建物の借家権の価格によるべきであり、その借家権の価格は、建物および敷地に対する利用権価格と営業権の価格とからなりたつている。

(1)  建物および敷地に対する利用権価格

本件建物は特殊な構造のものでなく、一般的な木造建物であるから、建物の敷地に対する権利のみを評価する。一般に借家権者の賃借建物の敷地に対する権利の評価は、借地権価格(更地価格の七〇パーセント)の七〇パーセント(更地価格の四九パーセントということになる。)である。昭和四五年五月当時の本件建物の敷地の3.3平方メートルあたりの更地価格は七〇万円を下らず、本件建物は六坪(19.8平方メートル)であり、二階建の建物の一階部分だけであるから、その敷地に対する権利の割合を二階部分四〇パーセント、一階部分六〇パーセントとすると、第一審原告の賃借権の本件建物および敷地に対する利用権価格は

70万円×6(坪)×49%×60%

=1,234,800円

である。

(2)  営業権の価格

本件建物においてなされている営業を廃止させる場合、その営業権の価格を補償すべきであるが、営業権の価格は本件建物において行われていた営業の利益の二年分以上である。ところで、第一審原告の営業利益は月額一六万円を下らないから、第一審原告の本件建物における営業権の価格は、

16万円×24(月)=384万円

である。なお、第一審原告は、本件建物において営業ができなくなつたため、個人営業を一時やめ、有限会社パリスの代表者として法人の業務に従事しているが、立地条件が劣悪なため、右会社は欠損を続け、第一審原告が右会社から受領した報酬は、昭和四五年一月から一二月まで合計三二四、〇〇〇円、昭和四六年一月から一二月まで合計三二四、〇〇〇円にすぎず、しかも、これらの報酬はすべて未払金のままである。

(二)  債務不履行に基づく損害賠償

第一審原告は第一審被告の前記債務不履行により毎月少なくとも得べかりし営業利益一六万円相当の損害を被つた。昭和四三年六月一日か金昭和四五年一〇月三一日までの得べかりし利益は合計四六四万円であるところ、このうち昭和四三年八月一日から六和四四年八月三一日までの得べかりし利益については内金二、〇六九、五三五円、その他の期間については、一か月一六万円の割合で請求する。従つて、その合計額は四、六二九、五三五円である。

五、以上により、第一審被告の第一審原告に賠償すべき損害額は合計九、七〇四、三三五円となるので、うち金五〇〇万円の支払を請求する。そして、第一審原告は原判決によりうち金二、二六九、五三五円の支払を認容されたので、当審においては、残金二、七三〇、四六五円およびこれに対する履行不能となつた日である昭和四五年一一月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を請求する。

と述べ、後記の第一審被告の四の主張に対し、第一審原告の得意先に訴外株式会社リベラル・モードがあり、それとの取引が昭和四四年三月まで継続されたことは認めるが、第一審原告の立退による損害は一般顧客の減少による利益の喪失のみであるという第一審被告の主張は争う。また、第一審原告が本件建物から立退かされたのち、第一審原告と右訴外会社との取引が約半年間継続したからといつて、第一審原告の昭和四三年五月以前の営業利益を算定するにあたり、右訴外会社との取引による利益を含ましめて計算すべきでないということにはならない、と述べた。

第一審被告代理人に、請求原因に対する答弁および第一審被告の主張として、

一、昭和四三年二月二九日第一審原告と第一審被告との間で、本件建物につき従前の賃貸借契約を更新し、期間を二か年とする契約をしたことはない。第一審被告は、昭和四二年一二月頃第一審原告に対し、本件建物は改造する予定であり、昭和四三年二月契約期限満了の時は更新できないから立退くよう請求したところ、第一審原告は改造する時には当然解除されたものとして立退くことを承諾し、改造するまでの間賃借したい。改造工事後の建物を第一審原告が賃借するときは新たな賃貸借契約の締結の申込みをする。改造期間中および新たな賃貸借契約締結までの間の移転費を請求しないことを約束したので、第一審被告は改造する時までの約束で賃貸したものである。そのため、賃料も従前どおり月額一五、〇〇〇円と定めたのである。

二、(1) 第一審被告は、かねてから本件建物を改造する計画をもつていた。その理由は、第一審被告は静岡県袋井市高尾三門「静岡あそび発行所」袋井出張所に勤務していたが、昭和三九年二月静岡市に転勤の内示を受け、本件建物の一部を使用する必要を生じ、改造前の本件建物では階下の店補を使用している第一審被告とその隣室事務所を使用している光和産業株式会社が共同で汲取式便所を使用していたが、両者の間で紛争が絶えなかつたので、それぞれの専用の水洗便所を設ける必要があり、折から当時本件建物を含めた商店街のアーケードの交換が行われることになり、改造の機会としては好都合であり、本件建物は建築以来二〇年を経過し、改築の時期がきていたためである。このような事情にあつたので、第一審被告は当初本件建物を昭和三九年五月第一審原告に賃貸するにあたり、改造工事をするまでの間の一時的賃貸借とし、第一審原告もそれを承諾したものである。当時第一審被告には分らなかつたが、第一審原告は自己所有の店補を建設する計画をもつていたものである。

(2) 第一審原告は昭和四三年九月静岡市鷹匠町二丁目三二番六号宅地53.78平方メートルを買い求め、同四四年四月一日同地上に鉄筋コンクリート造陸屋根四階建店舗兼事務所兼居宅合計164.15平方メートルの建物を建築し、その頃から同所で有限会社パリスという法人名で洋裁業を営んでいる。第一審被告は、本件建物の改造工事にかかる際第一審原告が右のような建物を建築することを全く知らされていなかつたため、改造工事後の本件建物に入居したいのであれば、その旨申し出るよう第一審原告に対し再三申し入れたにも拘らず、第一審原告はなんらの応答をせず、本件建物から立退いていつたものである。従つて、更新後の契約が通常の賃貸借であることを前提とする第一審原告の請求は失当であり、仮に通常の賃貸借であるとしても、第一審原告の請求は権利の濫用である。

三、(1) 改造工事第一審被告は第一審原告に対し本件建物につき第一審原告が賃借する意思があるか否かを回答するよう申し入れたが、結局確たる返答がなかつたので、第一審被告は昭和四三年八月九日頃第一審原告に敷金を返還し、昭和四五年九月一日本件建物を小池宜世に対し賃貸したものであり、第一審原告が改造工事後本件建物を使用しなかつたのは、第一審原告が賃借を希望しなかつたためであり、第一審被告の責によるものではない。

(2) 仮に第一審被告に帰責事由が若干あるとしても、第一審被告の履行の提供にも拘らず、第一審原告はこれを受領しなかつたのであるから、第一審原告にも受領遅滞がある。そして、その受領遅滞は正当の理由に基づかない重大な過失によるものということができるので、第一審原告主張の損害額の算定にあたつては、第一審原告のこの過失を考慮すべく、その過失相殺によりその請求金額の九〇パーセントを減額すべきことを主張する。

(3) また仮に第一審原告主張のように第一審被告に損害賠償義務があるとしても、前記のとおり、第一審原告は昭和四四年四月一日自己所有の鉄筋コンクリート造の店舗を完成させて、その店舗で営業を開始しているのであるから、本件賃貸借契約が継続していたとしても、第一審原告が右時期に右店舗に転居していることは明らかであるから、右時期以降の損害を第一審被告が負担すべき理由はない。

四、第一審原告の得べかりし営業利益が毎月少なくとも一六万円であることは否認する。第一審原告の収入は訴外株式会社リベラ・モードからの一括大口継続契約による注文と一般顧客からの注文によるものとからなりたつているが、右訴外会社から第一審原告に対する継続的注文は昭和四三年度においても存続している。従つて、本件建物から立ち退いたことによる第一審原告の収入減は一般顧客の減少によるものであるだけである。そこで、第一審原告の右立退きによる昭和四二年六月から昭和四三年五月まで一年間の逸失収益を計算すると、(第一審原告の昭和四二年六月から昭和四三年五月までの収入・支出を分類し、収入については一般顧客と右訴外会社の割合を算出し、支出(経費)についても一般顧客と右訴外会社の売上割合を算出し、一般顧客の分を計算すれば、(その計算の詳細は別紙計算表のとおりである。))金一、〇一九、二〇七円であり、その一か月当りの逸失収益は金八四、九三四円である。

五、第一審被告は第一審原告の昭和四一年度および昭和四二年度の納税証明書の送付嘱託の申立をした。しかし、これにつき第一審原告は正当の理由なく同意しなかつたため、第一審被告は第一審原告の右各年度における真実の所得額を証明することができなかつた。この不同意は、第一審被告の証拠使用に対する妨害行為であるから、民訴法三一七条の準用により、第一審原告には昭和四二年六月から昭和四三年五月まで一年間の平均月額一六万円の純益は存在しなかつたものと認定すべきである、

と述べた。

当事者双方の証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決九枚目表八ないし九行目の「第一三二号証」とあるを「第一三二号証の一」と訂正する。

〈証拠略〉

理由

一第一審原告が第一審被告から本件建物を賃借していたことは当事者間に争いない。

二(一) 第一審原告は、第一審原告と第一審被告間の賃貸借契約は、昭和四三年二月二九日更新され、第一審原告は引続き右建物を賃借使用していたところ、建物の内部改造を理由に建物からの退去を求められたので、立退いたのであるが、改造工事完了後第一審被告は右建物を小池宜世に賃貸して引き渡したので、第一審原告と第一審被告間の賃貸借契約は履行不能になつたと主張し、これに対し、第一審被告は、右改造工事の際は賃貸借契約は当然解除になる約束であつたと主張するので、考える。

〈証拠〉を綜合すれば、第一審原告と第一審被告間の本件建物に対する前記賃貸借契約は、昭和四三年二月二九日更新され、期間をそれから二か年と定めたが、その際、第一審被告は以前から本件建物を改造する計画をもつていたので、将来の店補改造を見込んで敷金を従前の一三万円から二八万円に増額したものであり、この計画に基づき、昭和四三年五月初め頃、第一審被告は、第一審原告に対し、本件建物の改造計画の青写真を示し、アイロンコードの差込みやショウウインドウ、手洗の場所等について第一審原告の意見をきき、同月末日、翌月から大工が入るから工事期間中立退いてもらいたい、工事期間は二か月位である旨を申し入れたので、第一審原告は、改造工事が完成したのちは当然に再び本件建物に入居し使用することができると思い、昭和四三年六月一日、付近の静岡市鷹匠町一丁日一三番地小林茂方二部屋を一時賃借して、本件建物から立退いた。そして、右改造工事は昭和四三年九月中には完成したものであることを認めることができ、さらに、〈証拠〉によれば、第一審原告は第一審被告に対し昭和四三年八月二八日付内容証明郵便で改造後の本件建物の賃貸方を申し入れ、さらに同年九月六日には第一審被告を相手方として静岡簡易裁判所に賃貸借契約確認履行方についての調停の申立をし、調停委員会の勧告する賃貸借条件(敷金三〇万円、家賃一か月三万円)にも応じて本件建物の継続使用を求めたのに、第一審被告は依然としてこれに応ぜず、改造完了後は本件賃貸借契約上の債務の履行の提供をしなかつたものであることを認めることができる。

第一審被告は、右改造工事をする時には、第一審原告と第一審被告間の本件賃貸借契約は当然解除されたものとして第一審原告は本件建物から立退くことを承諾し、それに基づき第一審原告は立退いたものであると主張し、〈証拠判断省略〉。

第一審原告がその所有の静岡市鷹匠町二丁目三二番六号宅地53.78平方メートル(この宅地を第一審原告が昭和四三年九月買い求めたものであることは第一審原告の明らかに争わないところである。)の上に同四四年七月鉄筋コンクリート造陸屋根四階建店舗兼事務所兼居宅合計164.15平方メートルの建物を建築し、昭和四四年八月末から同所で有限会社パリスという法人名で洋裁業を営んでいることは、後記のとおりであるが、他に特段の事情の認められない本件においては、この事実をもつて、第一審原告が右立退き時において、あるいはその後において、本件建物の賃借権を放棄し、あるいは賃貸借の解除を承諾したものということができないものというべきである(なお、第一審原告が前記履行遅滞になつたのち、第一審被告から本件建物の敷金二八万円を返還されたこと、第一審原告がこれでは困ると思い司法書士に相談に行つたところ、もつておればよいといわれ、そのままにしていることは、第二審における第一審原告本人尋問の結果により認められるが、第一審原告が前記のとおり調停申立までしていることに鑑みても、これにより第一審原告が本件建物の賃借権を放棄したものといえないことは明らかである。)。

(二) 〈証拠〉によれば、第一審被告が改造後の本件建物を小池宜世に対し、同人との間の賃貸借契約によつて引き渡したのは昭和四五年九月一日であることが明らかである。

(三) 第一審被告は、改造後本件賃貸借契約に基づき本件建物につき第一審原告に対し履行の提供をした趣旨の主張をし、〈証判断省略〉。

以上の事実に徴すれば、他に特段の事情のない限り、第一審被告は第一審原告に対し、改造工事の完成後である昭和四三年一〇月一月以降後記のとおり右契約の履行不能となつた昭和四五年九月一日の前日までは、本件賃貸借契約につき履行遅滞に基づく損害賠償の責を負わなければならないものといわなければならない(昭和四三年六月一日から同年九月三〇日までの改造期間中は第一審原告が第一審被告から乞われて任意に一時本件建物から立退いていたものというべきであるから、特段の約束等の認められない本件においては、この間は第一審被告は第一審原告に対し履行遅滞の責を負わないものというべきである。)。

そして、前認定のように、本件賃貸借の目的物たる本件建物が小池宜世に賃貸されて引き渡された昭和四五年九月一日において本件賃貸借契約は履行不能におちいつたものといわなければならず、この履行不能が第一審被告の責に帰すべき事由によることは、前認定事実から明らかである。従つて、第一審被告は第一審原告に対し、この履行不能に基づく損害賠償の責に任じなければならない(本件建物に対する賃貸借契約は、前記のとおり昭和四三年二月二九日更新され、契約期間は同日より二年とされたので、昭和四五年二月二八日期間が満了することになるが、借家法一条ノ二の規定に基づく更新拒絶については第一審被告よりなんらの主張がないから、本件賃貸借契約は、同日法定更新され、右履行不能になるまでは有効に存続していたものというべきである。)。

三第一審原告の本件損害賠償の請求が権利の濫用であることを認むべき証拠は全く存しない。また、前記履行遅滞および履行不能につき、第一審原告に責に帰すべき事由ないし過失があると認めることのできないことは、前認定の事実から明らかであるから、第一審被告の過失相殺の主張の理由のないことも明らかである。さらに、第一審原告が昭和四四年七月自己所有の鉄筋コンクリート造の店舗を完成させて、同年八月末頃からその店舗で営業を開始していることは前記のとおりであるが、この事実があるからといつて、第一審被告が右時期以降の前記損害賠償債務を負担すべきでないとの第一審原告の主張の理由のないことも明らかである。

四そこで、第一審原告の被つた損害について判断する。

〈証拠〉を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  第一審原告は、昭和三九年五月本件建物を第一審被告から賃借し、縫子(生徒)を多数雇い入れて洋裁業を営み、昭和四一年一一月には三週間位フランス、イギリスなどヨーロッパ諸国を見学して廻り、洋裁技術を勉強し、昭和四二年五月には静岡県下初の洋裁一級技能士の検定に合格し、それまで努力してきた後輩の指導と相まつて労働大臣賞も授与され、昭和四三年四月には全日本洋裁展で出品作が最優賞を獲得するなどし、本件建物が店舗として立地条件の良いことと相まつて年々営業成績をあげ、昭和四二年六月から昭和四三年五月までの間の一か月当りの平均及益額は金一六三、九五〇円であつたから、昭和四二年六月以降も引続き少くとも一か月平均金一六万円程度の収益をあげえたと推定すべきところ、前記認定の如き第一審被告の履行遅滞により本件建物を店舗として使用できず、他に店舗を借りて営業することを余儀なくされ、そのため、営業成績は極度に低下し、昭和四三年八月は二五、〇〇〇円、同年九月は八六、九〇〇円、同年一〇月は二九、七七〇円、同年一一月は五〇、一五八円の各欠損を生じ、同年一二月には漸やく九七、二〇四円の収益をあげることができたが、昭和四四年一月から八月までは合計一〇五、〇八九円の収益をあげたにとどまり、同年八月末には第一審原告は営業組織を法人(有限会社パリス)に改めた。そして、有限会社パリスの営業成績はその設立当時から昭和四五年八月三一日までは欠損決算であるか、殆んど考慮するに足りる利益がなかつたものである。従つて、これらの事実に基づく限り、第一審原告が第一審被告の前記履行遅滞によつて被つた損害(うべかりし利益相当額)(この履行遅滞の期間が昭和四三年一〇月一日から昭和四五年八月三一日までであることは前記のとおりである。)は、

(160,000円×23月)+29,770円+

50,158円―97,204円―105,089円

―(15,000円×23月)=3,212,635円

(本件建物を使用するについては第一審原告はその賃料を支払わなければならないから、その額を差し引いた。)

を上廻ることになる。しかし、第一審原告は、有限会社パリスより昭和四五年一月から一二月までの間に合計三二四、〇〇〇円(一か月二七、〇〇〇円)の報酬を受領することになつており、同会社に対し同額の報酬債権を有していることを自陳しているので、右三、二一二、六三五円から27,000円×8月=216,000円(昭和四五年一月から同年八月までの相当分)を差し引き、結局二、九九六、六三五円のうべかりし利益の喪失による損害が第一審被告の前記履行遅滞との間には相当因果関係があり、この金額の履行遅滞に基づく損害賠償債権を第一審原告は第一審被告に対して有するものというべきである(第一審原告は、昭和四三年八月一日から昭和四四年八月三一日までの間の損害につきうち金二、〇六九、五三五円を請求するというが、第一審原告の請求できる履行遅滞に基づく損害金は昭和四三年一〇月一日から昭和四五年八月三一日までの間のものであり、昭和四三年一〇月一日から昭和四四年八月三一日までの間の損害金は160,000円×11月+29,770円+50,158円―97,204円―105,089円=1,637,635円であり、これが二、〇六九、五三五円を下廻ることは明らかであるから、本文に記載した計算による遅延損害金の金額において、その昭和四三年八月一日から昭和四四年八月三一日までの分が第一審原告の請求するうち金二、〇六九、五三五円の範囲内であることも明らかである。)。

なお、右損害は民法四一六条二項にいわゆる特別事情による損害にあたるが、第一審被告において、第一審原告が本件建物を店舗として多数の縫子を雇つて洋裁業を営んでいたことを知悉していたことは、〈証拠〉により認められるから、第一審原告が第一審被告の履行遅滞により前記のような損害を被ることのあることを予見しえたものというべきであり、第一審被告は第一審原告に対し、右のように、うべかりし利益の喪失による損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

(二)  第二審の鑑定人生江光喜の鑑定の結果によれば、昭和四五年一一月当時における第一審原告の賃借していた本件建物の借家権価格(限定価格)は、

借家権割合にるよる借家権価格の算定の場合は、借家権割合が建物につき建物価格の三〇パーセント、土地につき借地権価格の三〇パーセントであり、そして、借地権割合は建付地価格の五五パーセントであるとして、これを建物価格二一六、〇〇〇円、土地価格三、四八八、〇〇〇円を基準として、

(216,000×0.3)+(3,488,000×0.55

×0.3)=640,320円

また、建物および敷地について借家人に帰属する経済的利益(建物およびその敷地の経済価値に即応した適正な賃料と実際支払賃料との乗離および乗離の持続する期間を基礎にしてなりたつ借家人に帰属する経済的利益)による借家権価格の算定の場合は(期待利廻り土地五パーセント、建物一〇パーセントが相当であるので)、

である。そこで、当裁判所は、本件建物の昭和四五年一一月当時の借地権価格を右の二つの評価額の中間を採用し、六九六、八〇〇円(百円未満切捨)と評価するのが相当であると考える。

この評価額は、前記のとおり本件建物の昭和四五年一一月当時のものであるが、右評価額の算定において考慮された数字に鑑み、昭和四五年九月一日当時における本件建物の借家権価格の算定においても右と差異を生じないものと考える。従つて、昭和四九年九月一日当時における本件建物の借家権価格は六九六、八〇〇円であると判断する。そして、この価格相当の損害は履行不能に基づく通常損害の範囲に属するから、履行不能により、第一審被告は第一審原告に対し右損害を賠償すべきである。

次に、第一審原告は履行不能により営業権の価格に相当する損害を被つたと主張するが、この損害は特別事情による損害であるところ、〈証拠〉を綜合すれば、第一審原告は昭和四四年七月静岡市鷹匠町二丁目三二番六号宅地53.78平方メートルの所有地上に鉄筋コンクリート造陸屋根四階建の店舗等を建築し、昭和四四年八月末には有限会社パリスを設立して、そこで洋裁業を継続したのであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、前記履行不能になつた昭和四五年九月一日当時においては、第一審被告において、履行不能により第一審原告が被るべき右特別事情による損害を予見しえたものと認めることができず、以上の認定を覆すに足りる証拠はない。従つて、第一審原告のこの特別事情による損害の請求は、これを認容することができない。

(三)  第一審原告は昭和四三年六月一日第一審被告が履行遅滞におちいり、昭和四五年一一月一日履行不能になつたものであると主張し、昭和四三年六月一日から昭和四五年一〇月三一日までの間の履行遅滞に基づく損害賠償および履行不能に基づく損害賠償を請求するが、当裁判所は、第一審被告は昭和四三年一〇月一日以降履行遅滞の責を負い、昭和四五年九月一日履行不能になつたものと判断し、第一審被告に対し損害賠償を命ずるものであることは前記のとおりである。しかし、このことが民訴法一八六条に違反するものではないと考える。

五第一審原告の納税証明書の送付嘱託の申立に関する第一審被告の主張については、その申立にかかる文書が第一審原告において提出の義務あるものではなく、民訴法三一七条の適用ないし準用されるべき場合ではないから、第一審被告のこの主張は採用しない。

六そうすれば、第一審被告は第一審原告に対し、履行遅滞および履行不能に基づく損害賠償として合計三、六九三、四三五円およびこれに対する右賠償債務につき遅滞におちいつた日の翌日以降完済に至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払義務がある。ところで、第一審原告は第二審の第一審被告代理人の出席せる昭和四九年二月二七日午前一一時の口頭弁論期日において訴を変更し、本判決の事実欄記載のような請求の趣旨および原因に変更し、支払の催告をしたものであることは記録上明らかであるから、第一審被告は昭和四九年二月二七日の翌日以降完済に至るまで右損害賠償債務につき年五分の金員を付加して支払うべき義務があることになる。

従つて、第一審被告の控訴は理由がないが、第一審原告の控訴は一部理由があるので、第一審原告の控訴に基づき、原判決主文第三、四項を本判決主文二(一)(二)のとおり変更することとし(なお、第一審原告の訴の変更により、原判決主文第一、二項に相当する部分の訴は適法に取り下げられたので、原判決主文第一、二項は効力を失つている。)、民訴法三八六条、三八四条、訴訟費用の負担につき同法九六条、九二条、仮執行宣言およびその免脱につき同法一九六条一項・三項を適用し、主文のとおり判決する。

(満田文彦 鈴木重信 小田原満知子)

昭和42年6月~同43年5月 収支表

S.49.9.1

6月

7月

8月

9月

10月

11月

12月

1月

2月

3月

4月

5月

収入

売上

271,990

299,042

245,926

226,610

333,560

358,160

388,280

313,900

329,480

300,032

362,029

385,700

3,814,709

(一般顧客)

190,320

163,450

162,900

142,330

177,150

180,310

152,200

139,300

134,200

173,700

163,250

197,000

1,976,110

(リベラモード)

81,670

135,592

83,026

84,280

156,410

177,850

236,080

174,600

195,280

126,332

198,779

188,700

1,838,599

支出

170,610

161,940

131,788

140,440

145,760

150,260

185,769

127,783

157,360

151,704

155,030

168,860

1,847,304

(一般顧客)

956,903

(リベラモード)

890,401

損益

101,380

137,102

114,138

86,170

187,800

207,900

202,511

186,117

172,120

148,328

206,999

216,840

1,019,207

948,198

1,967,405

月平均

84,934

79,016

163,950

註 売上に対する一般顧客とリベラモードの割合

一般顧客――0.518%

リベラモード――0.482%

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